ー怖い、怖いと思いながら隠れていると、もっと怖い。
怖いから立ち向かうということだって、人間にはあるよ。
ー火事が怖かったら、家事を消すことのプロの消防士になればいい。
恐ろしいことをする犯罪者が怖かったら、
そういう人を探して身柄を押さえる刑事になればいい。
それなら何の抵抗する術も力もなく、ただ事件や災害に襲われるだけの立場より実はずっとずっと安心だよ。
今思えば、これは一種の詭弁である。
どんな災厄に対しても、やっぱり逃げて隠れるのがいちばん安全なのだ。
ただ、先生の意見が核心をついていたのは、
臆病者には臆病者なりの”英雄のなり方”があるというところだった。
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「(略)だけどあんたら若い人は、よくそういうものの言い方をするね?」
「そういうものの言い方ってー」
「自分には何々する資格はないとかさ。
自分は何々だと思ってコレコレのことをしてきたけれど、
本当はそれは偽りで、自分の心の底にはコレコレしたいシカジカの動機が隠されていたのだから、あれはまちがいだったんだ、とかよ」
(略)
「私なんざ、不思議でしょうがないよ。
なんでそんなことをする必要がある?
だからこの前も言ったっけな。
いちいち自分のすることを深く分析するなんてやめておけって。
心配なら心配、お節介が手を出さずにはいられないならお節介、それでいいじゃないか」
「身にかかった不幸を何とかするために悪戦苦闘するのは、ちっとも悪いことじゃないよ」
「(略)そんでも私は悪あがきをしたいんだよ。何かがしたいんだ。
(略)
この上じっと座っていて、何かがやって来て、私から残りの人生を、ほんのちっとしか残っていない人生を、また取り上げてゆくのを黙ってみているのは嫌なんだよ」
「(略)結果は理不尽で、全然納得いかないよ。
それは充分わかっとるんだ。だけど、そこまで行くあいだのことが大切なんだ。
もう受け身でいるのはまっぴらなんだよ」