「月と6ペンス」サマセット・モーム より

人間の心というものが

いかに矛盾に充ちたものであるかということ、

誠実な人間の中でさえ

いかに多くの気取り(ポーズ)があり

高潔な精神の中にも いかに多くの不純があり

かと思えば 悖徳者の中にさえ

いかに多くの善意があるのかということなど

まだそのころの僕にはわからなかったのである。

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「描かなくてはいられないんだと。

自分でもどうにもならないのだ。

水に落ちた人間は泳ぎが巧かろうと拙かろうと、そんなこと云っておられるか。

なんとかして助からなければ溺れ死ぬばかりだ」

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Le coeur a ses raisons que la raison ne connait pas.

(心というやつは、理性(レーゾン)の知らない特別な理屈(レーゾン)を持っている)

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不幸が人間を美しくするというのは嘘である

幸福がそうすることは時にはある

だが不幸は多くの場合、人をケチな執念深い人間にするばかりだ

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恋は忘我の感情である

それは恋するものから

自我の意識を奪ってしまう

どんな聡明な恋人であっても

いつかは彼の恋にも終わりがあることを頭では知っても

はっきり実感することはできぬ

みすみす幻影とわかっているものに恋は肉体を与えてしまう

そして恋する人間は

それをそうだと知りながらもかえって現実以上に愛着する

恋は人を実際以上の存在にすると同時に

実際以下の存在にもする

彼はもはや彼ではない

もはや1つの個性ではなく、単に1つの物にしかすぎない

彼の自我とは全く無関係なある大きな目的のための道具にしかすぎないのだ

恋に全くの感傷抜きということはありえない

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作品はつねに人間を暴露する

社会的な接触においては人はただ世間に見てもらいたい表面だけを示すにすぎない

真にその人間を知ることができるのは

むしろ本人には無意識なちょっとした行動や

知らず知らずに現れては消える瞬間的な顔の表情などからの推論である

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彼等はたえず まだ知らない故郷に対してノスタルジアを感じている

生れた土地では かえって旅人であり 幼い日から見馴れた青葉の小径も

かつては嘻々として戯れた雑沓の町並も

彼等にとっては旅の宿りにすぎない

その肉親の間においてすら

一生冷たい他人の心をもって終始するかもしれないし

また彼等が実際知っている唯一のものであるはずの風物に対してすらついに親しみを感ぜずじまいで

終わってしまうという場合もある

よく人々が

なにか忘れがたい永遠のものを求めて

遠いはるかな旅に出ることがあるが

おそらくこの孤独の不安がさせる業なのでしょう

(中略)

時には漠然と感じていた神秘の故郷を

うまく探ね当てることがある

それこそは求めていた憧れの故郷なのだ

そしてむろんまだ見たこともない風物の中

また見も知らぬ人々の中に

まるで生まれた日以来

そこに住みつづけていたかのような心安さをさえ感じる

そしてそこに初めて

休息(いこい)を見出すのだ

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